今回は、緑黄色社会さんの「花になって」の歌詞を考察してみます。
冒頭部分
陰にそっと隠れようがいいんじゃない?
蕾のような花だってあんじゃない?
秘密にして守るのがいいんじゃない?
誰にも邪魔されず華麗に咲いてる
「陰にそっと隠れようがいいんじゃない?」は、目立たない場所にいることの美しさや価値を示唆しています。花が陰で咲いていても、その存在は無価値ではなく、むしろその静けさや奥ゆかしさにこそ魅力があると語りかけています。
「蕾のような花だってあんじゃない?」は、可能性や成長過程の段階を象徴しています。開花する前の状態でも十分に価値があることを認めるメッセージであり、成長過程や未完成の美しさをたたえています。
「秘密にして守るのがいいんじゃない?」は、自己の内面や本質を他人にすべて見せる必要はないという考えが示されています。花が咲く場所を選び、自分自身を守るように、無理に他人に自分をさらけ出さなくても良いというメッセージを感じます。
「誰にも邪魔されない」環境は、自由な自己表現を可能にする土壌を象徴しています。このフレーズは、他人の評価や感傷にとらわれず、自分らしく輝くことの重要性を強調しています。
サビ直前
甘い苦いにハマんない
その判断がくだんない
気に病んで下を向かないでいて
「甘い」「苦い」という単純な価値観にとらわれず、自分だけの価値基準を持つことを求めています。周囲の評価に惑わされることを「くだらない」と断じて、自分自身の道を進むことを肯定しています。
「気に病んで下を向かないでいて」は、花が太陽に向かって伸びるように、困難や悩みにとらわれz、自分を見失わないでほしいという優しさが感じられます。
愛に慣れちゃいない 無駄に飾らない
きれいにされた花瓶も 肥やしも何もいらない
その姿が美しい
「愛に慣れていない」、つまり不器用な姿をさらけ出すことを肯定しています。「無駄に飾らない」というフレーズから、飾り立てた表面的な最上ではなく、素朴で自然体な愛を大切にしていることが読み取れます。
その次の部分では、外見や条件に依存しない美しさを歌っています。「きれいな花瓶」や「肥やし」といった装飾的な要素に頼らなくても、そのままの姿で十分美しいと断言しています。
サビ
花になって ほらニヒルに笑って
その顔にぞくぞくして目が離せない
味見して 君の毒は私の薬って
包んであげるから 笑って
「花になって」という呼びかけは、相手に「あなた自身の美しさや独自性を咲かせてほしい」と願う言葉です。「ニヒルに笑う」という表現は、少し皮肉や余裕を持った態度を指し、自己を見つめ直す際の落ち着きやユーモアを表現しています。
「その顔にぞくぞくして目が離せない」は、自然体でいる相手が持つ圧倒的な魅力に引き付けられる感覚を表しています。相手の本質的な美しさに気づいた瞬間の感動を強調しており、その美しさはつくられたものではなく、本来の姿であることが明確です。
「毒」は一見ネガティブに思える要素ですが、それが「薬」になるという逆転の発想は、相手のもつ欠点や個性を受け入れ、それを自分の力に変えるというメッセージを含んでします。相手を丸ごと受け止める緑黄色社会さんの深い愛情が感じられます。
最後のフレーズは、相手を包み込むような優しさと安心感を印象付けています。「笑って」と呼びかける高尾で、リスナーや相手に対して、心の平穏や安心を与えたいという願いが込められています。
まとめ
今回は、緑黄色社会さんの「花になって」の歌詞を考察してみました。私自身、緑黄色社会のファンで特にこの曲は好きなので、ぜひいろんな人に聞いていただきたいです。
「他にもこんな解釈があるんじゃないかな?」、「2番の考察も聞きたい」といった方はぜひこの記事にコメントください。
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